小学校の卒業を控えた3月のある日、日本人将校に呼ばれ同級生1人とともに教員室に行った。教室には校長がいて、「お前たちは光栄にも日本で勉強することになった。日本で勉強すれば技術者になって帰ってこられる」と言葉巧みに言うのだった。
家に帰ってこのことを話すと、両親は小学校を卒業したばかりの子どもが、どうやって異国の地で暮らしていけるのかと猛反対した。両親の反対もあり、日本に行くまいと決心して翌日学校に行ってみると、校長がすでにトラックを待機させていた。私たちは無理やりトラックに詰め込まれ新義州に連れて行かれた。新義州には同年代の朝鮮女性80人と青年20人がいた。
*************************************
※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。
会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。
会員登録ご希望の方は、「新規会員登録」にてご登録をお願いします。
大変申し訳ございませんが、2013年4月20日までに会員登録をしていただいた方も、再度ご登録をお願いいたします。
パスワードを忘れた場合、「会員パスワード紛失窓口フォーム」をご覧ください。
*************************************