古い時代、中国人は朝鮮を東夷と呼んだ。夷とは弓と大の合成語で、そのいわれはこの民族に大きな弓があったことに由来する。弓を好んで使いその能力に長けていたことを表したのである。
高句麗の歴史は弓の歴史から始まる。始祖王の名は朱蒙であった。高句麗語で弓の名人という意味だ。7歳の時、すでに自ら弓と矢を作った。その腕前は群を抜いていた。
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