白衣民族という言葉が、朝鮮民族の別称として定着したのはそれほど古い時代のことではない。日本植民地統治時代、多くの朝鮮人は以前にも増して白衣を身につけた。民族主義者や愛国の志士たちはもちろん、一部の親日派の金持や詰襟、黒色制服の学生を除けば、ほとんど白一色の服装であった。
日本の官憲は朝鮮人の白衣が無言の抵抗であることに気づいていた。そして、ついに白衣抹殺に乗り出した。彼らは人ごみの市中に染料を入れた大鍋を置き、白衣の通行人に柄杓で真っ黒の染料を振り掛けた。しかし1人2人ならいざしらず、とても手に負えるものではない。当時歌われた「南道アリラン」に次のような歌詞がある。
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