酒は百薬の長であるともいわれる。しかし、それはたしなむ程度であればの話で、度が過ぎると禍のもととなる。その極めつけは燕山君治世12年間であった。国王は酒乱となって凶暴を振るい、宰相以下両班士大夫も宴会に明け暮れていた。政治は乱れて国家は秩序を失い、そして庶民は飢えと寒さに苦しんだ。
18世紀の実学者・丁茶山は飲酒の弊害について「茶を飲む民族は栄えるが酒を飲む民族は衰える」と、酒禍亡国論を唱えた。
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