横山正太郎(1843~1870)の名と業績を知る人は日本人の中でも極めて限られている。しかし、明治初期の征韓論狂熱と関連しては、征韓論反対を政府に建言し、割腹して果てるという壮烈な死を選んだ人として、明治征韓論史中、逸すべからざる人物である。
正太郎は薩摩藩士森喜右門有恕の4男で、母は阿里と言った。森家は代々島津氏に仕えた家柄で、この森家の5男坊が有名な森有礼である。
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