江戸時代に入り徳川家康は秀吉の威圧的な外交とは異なり「善隣友好」和平と国交の回復を望んだ。家康はしばしば朝鮮に使者を送り、捕虜3000人を帰国させ朝鮮王の墓を犯したものを戦犯として引き渡す事を条件に慶長10年(1605)和平交渉を成立させた。
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