初めて申さんに会ったのは、1年ほど前、とある同胞の居酒屋で。体の奥底から絞り出すように歌う朝鮮のメロディーが、何とも言い難い情感を漂わせていた。
もう1回は3月の受験資格をめぐる東京でのオモニたちのデモで。しのつく雨の中を若いオモニたちの先頭で歩く申さんの力強いシュプレヒコールがこだました。「日本政府は民族学校を差別するな!」。申さんの脳裏には60年ほど前、植民地の民として、人間扱いされなかったあの悲惨な体験が重なっていた。「孫の代まで差別を続けるのか。絶対許すものか」。怒髪天をつく怒りがデモに向かわせたのだった。
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