劉(リュ)氏のルーツは古く、246年、高句麗・東川王のとき、すでに歴史の舞台に登場する。
魏のカン・丘倹が、数万の軍勢を率いて高句麗へ侵攻したときである。緒戦で6千の敵兵をせん滅した東川王は、「名将カン・丘倹も余の手中だ」と自賛し、騎兵隊を率いて追撃すると、魏軍は方陣を敷いて反撃した。
古来の戦法には「敵が方陣を敷けば歩兵を出動させよ」とあるが、それに反した東川王は逆に猛攻をうけ、丸都城まで落としてしまった。このとき臣下の密友が、「敵は私が阻止します。王は退却してください!」といって奮戦したので、東川王は危うく難を逃れた。
*************************************
※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。
会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。
会員登録ご希望の方は、「新規会員登録」にてご登録をお願いします。
大変申し訳ございませんが、2013年4月20日までに会員登録をしていただいた方も、再度ご登録をお願いいたします。
パスワードを忘れた場合、「会員パスワード紛失窓口フォーム」をご覧ください。
*************************************