成氏の本貫は54。著姓の中程に位置するが、その歴史は古く、古朝鮮の大臣・成己(ソン・ギ)は、中国の「史記」「前漢書」朝鮮伝などに登場する。
紀元前109年、漢の武帝は古朝鮮を征服すべく、5万の軍勢で遼東の王倹城を総攻撃した。ところが古朝鮮の4人の大臣は卑劣にも祖国を裏切り、右渠(ウゴ)王を殺害して投降した。
「しかし王倹城は陥落しなかった。死んだ右渠王の大臣・成己が抗戦し、くり返し漢軍を攻撃したからである」(「史記」)
だが結局、成己も敵側に謀殺されてしまうが、彼の戦いぶりが中国側の史書にも記録されたのは、それほど勇猛果敢な闘将であったからであろう。
むろん、わが国の史書に名を残した成氏も数多く、百済最後の義慈王に仕えた大臣・成忠は有名である。「三国史記」はこう書く。
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