鄭氏の本貫数は210前後と見られるが、その歴史は長く古朝鮮時代に始まる。なかでも慶州鄭氏が最も古く、ここから枝分かれした有名氏族も多い。
史上「忠臣の鑑」と称えられた鄭襲明(チョン・スプミョン)は、鄭宗殷を始祖とする迎日(ヨンイル)鄭氏の出自で、高麗の仁宗に忠誠を尽くした。彼は太子の教育係であったが、太后が弟王子を次の王にしようとしたことに反対。世襲を守って太子を王座に上らせた。
ところが、新王・毅宗(イジョン)は父王の、「鄭襲明の言に従え」という遺言に背き、連日、宴会を開いて妓女たちの歌舞音曲にうつつを抜かした。鄭襲明は、干ばつと疫病に苦しむ民百姓を救うよう厳しく諌めたが、毅王は名勝地に華麗な亭閣を建てて遊び惚けた。
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