古朝鮮時代をへて三国時代に入ると、わが国の支配階級は漢字による姓氏への表記をしだいに通例化し、それを社会的風潮として定着させていった。
まず高句麗(コグリョ)の例を見よう。紀元前227年頃、自ら檀君の後裔(えい)であると称した朱蒙(チュモン)は、朝鮮古代国家の1つ句麗(クリョ)の卒本(チョルボン、注・高句麗の始祖東明聖王が都邑を定めた所)扶餘(プヨ、中国東北部の渾江付近)でわが国最初の封建国家を創建し、新国名を高句麗と号した。
*************************************
※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。
会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。
会員登録ご希望の方は、「新規会員登録」にてご登録をお願いします。
大変申し訳ございませんが、2013年4月20日までに会員登録をしていただいた方も、再度ご登録をお願いいたします。
パスワードを忘れた場合、「会員パスワード紛失窓口フォーム」をご覧ください。
*************************************